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2012/11/07

あめがふって、あつくなって、すずしくなって、そしてさむくなった。

ドイツいくまであと一ヶ月きった。
日本帰ってきたときは 半年(あっというまなんやろうけど)だいぶ先なきがしてた。
半年の間、わたしなにしてただろう。 ひたすらバイトしてたのかな、
それから なんだかやることがいっぱいで、ろくに友だちともあえなかった。
友だちの個展やグループ展も行き逃した。
なにやってんだろう、って いまおもってる
でも、お金ももちろん稼がなくてはいけないという現実もあって、
だけど 大切なのはなになの、って ああ、なんかたくさん逃してるきがする。

もっともっとしたいことがあったんだ、
もっともっとあいたいひとたちがいる。
もっともっとつづきを見届けたいこともある。
まだまだ話したりない。
おわりじゃないってわかっている。
わかっているし、自分で勝手に決めてやってることだから
なにもいう資格はないけれど、
やっぱすこしさみしい。

いまは双葉祭りの準備とドイツへの準備でまたぎゅうぎゅうだけれど、
でもやっぱりもっと友だちと会いたい。
これからまだまだ人生はながいからさ、いつだって会えるって そうおもうんだけど。

だけどわたしはそういうさみしさをのこしても、行きたい。
なんでいくのって よくきかれるけど、
わかんない。もちろんそりゃあ むこうに会いたい人たちがいる。
それも大きい理由だけれど、 そういうなかで
なんとなく、居場所というか そういうのを感じたんです。
ずっと、 わたしは どこでずっと過ごすんだろう、ここではないなあ、と思って
だけどそれなりに楽しくすごしてきたんだけれど、
やっと、ここにいたいな、とおもう場所を感じたというか、そう思えるところがあったというか、おおげさだけれど。
その思いが正しいか正しくないかなんかいまはどうだってよくて、そう思うところでもうすこしすごしたいとおもいます。
そんな、なんか そういうぜんぶのおもいを おもってつくった 歌、
「おわらないせかい」 
ともだちの結婚のことも、それからじぶんの生活のことも 
これからとこれまでのこともぜんぶかさねてつくりました。
長くなるけど、歌詞をのせてみようとおもいます。
なんだかわかんないけどいつも、この歌をうたいながら なきそうになる笑
この歌をうたうわたしのよこには ずっといっしょにやってたわたしにとって安心のかたまりのような、高野さんがいる、
目の前にはいつも聞いてくれてるひとたちがいる。
それからわたしのうしろにもずっとずっと いままで出会ってきたいろんなひとがつながって、そのひとたちがここまで私をつれてきてくれて、だからわたしはここでこうやってうたってるんだという気持です。(もともと結婚式で歌える歌としてベルリンにいるときつくったんですが、私のこういう思いはきっと結婚するふたりにも通じるかとそう考えて 結婚式でうたわせてもらいました)


もちろん 双葉祭りでも歌います。
  

「おわらないせかい」   中山双葉

わたしが今ここに きみといること
何処から来たかなんて 言わなくてもここにいる。

ひとりひとり 背中に抱える全てのもの
夏に駆け抜けた風 冬の陽だまりの中のゆめ

今まで出会ったもの 全部連れて歩いてる
振り返らなくても みんないるの 知ってるよ

ひとりひとり 背中に抱える全てのもの
すきもきらいもこえたもの それがなんだか今は知っている

宝もがらくたも 戸惑いも決意も連なって
つながって いま わたしは だから きみと ここに いるの

おわらないせかい
うつくしいせかい
これからもずっと
ずっとずっと
つづく


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